掲載・更新日:2022.06.06

コロナ禍に起きた消費者の購買行動や商習慣の変化により、メーカーがECサイトなどを通じて直接消費者に商品を届ける「DtoC(Direct to Consumer)」の注目が高まっています。メーカー直販の手法自体は以前からありましたが、今成果を上げているDtoCは、デジタルを活用する点でかつての直販手法とはアプローチがまったく異なります。
DtoCの活況は物流への影響も大きく、私たちも無関心ではいられません。今回は、DtoC事業を目指す企業をトータルで伴走支援する、株式会社chipperのCOO西田圭佑氏をお迎えし、DtoCについて分かりやすく解説していただきました。弊社代表金澤が、物流目線でDtoCに迫ります。

DtoCは、データドリブン時代の新しいメーカー直販

金澤: ロジザードでは、リテールの潮流を学ぶための社内勉強会を開いています。先日、西田さんに講師を務めていただきDtoCの勉強会を開きました。お話を伺ううちに、従来の通販の延長線上にあるものではなく、かなり緻密な仕掛けがありそうだという驚きと、一方で小売り商売という観点ではリアルもオンラインも同様の変遷、進化をたどっているのではないか?という気付きがありました。今日は対談を通じて、この点を明らかにしていきたいと考えています。

西田: 本日はお招きいただきありがとうございます。D2C(Direct to Consumer)という言葉をよく勘違いして捉えられているケースが多いですが、サプライチェーンだけにフォーカスして卸や中間業者を介さずにメーカーが消費者に直接商品を売るというビジネス構造だけを指しているのではありません。「メーカーの想いをダイレクトにお客様に伝える」ことがDtoCの本質です。

DtoCというと一般的に、「中間流通を介さないため利益率が高い」と考えられていますが、これも捉え方が異なります。中間流通を介さない分、本来中間流通が担ってくれていた業務もメーカーが担う必要があり、その分のコストが上乗せされるため、利益率はそこまで変わりません。では何が異なるのか? 卸業者を介する場合、買ってくれ「そう」な顧客に広くプロモーションを行いますが、DtoCでは買ってくれ「る」顧客=コアターゲットに直接訴求します。それ以外への余計なプロモーションをしないため、顧客獲得効率とLTVが向上する結果、利益率が高くなるのです。それだけに、直接向き合うターゲットのインサイト(潜在意識)を考え抜くことが、とても重要です。

金澤: 私はアパレル出身ですが、今のお話はかつてメーカーが直営店を出し、接客を通じて様々なお客様の情報を取得し、ダイレクトにアプローチしてVIPカスタマーに育てていたプロセスを、デジタルに置き換えてみるとイメージしやすいかもしれませんね。

西田: リアルとオンラインとを比較した場合、「お客様に喜んで欲しい」というゴールや、そのための考え方はそれほど変わりませんが、それを分析し販促をする手法が大きく異なります。時代が進化し、様々なテクノロジーが生まれ、あらゆるシステムやツールが自由に使える環境にある今、変化の速いマーケットの動きや顧客ニーズの移り変わりをデジタルデータから読み解き、先手を打つことができるようになりました。まさに、データを収集・分析し、課題に対して判断・意思決定を行うデータドリブン時代と言えます。
そのために必要なのは、部分的に特化した知識ではなく、全体を包括して顧客への提供価値を描く力です。アナログとデジタルの異なる点や、かつての消費者と今の消費者との購買行動の違いを理解し、全体を俯瞰しながら適切なデジタルデータやツールを活用する。その部分を支援し、DtoCビジネスをクライアントと一緒に構築していくのが、当社chipperの役目です。

そのため弊社では、「コンサルティング」という言葉は極力使わず、「パートナー」という言葉を使うようにしています。

デジタルで定義できるDtoCマーケティング

金澤: なるほど。私がアパレルにいた時代には、テスト販売や接客最前線にいる店舗スタッフからのフィードバックを受けて、商品開発をしていました。でもそこにはサンプル程度のデータの裏付けしかありません。「同世代」だからマーケットニーズが理解できるという前提で、感覚的だったように思います。それでも当たるとすごいことになるんですが。笑。

西田:2010年代までは、確かに感覚だけで成功される方も多かったと思います。現在も感覚のみで成功していらっしゃる事業者様がいることも事実です。しかし、そういった一部の感覚でも成功できる「天才」の方に太刀打ちするために、私たちは定量的なデータから構築した論理をベースに事業自体を分解し、勝ち筋を一緒に考えるというアプローチを行っています。

顧客の購買動機には、機能的価値と情緒的価値があります。商品そのものの機能に価値を見出して購入する場合と、その商品を所有する満足感や仲間との一体感、「あの店に行くとワクワクする」「店長さんが好き」などの情緒的価値に重きが置かれる場合があり、そのバランスで打ち手が変わります。競合のポジショニングと消費者の価値観を分析し、機能的価値と情緒的価値をどのように商品に持たせていくのか、ここが重要です。それを考えるために欠かせない概念が「マーケットイン」と「プロダクトアウト」です。マーケットインは市場や顧客のニーズを起点として商品を考えること、プロダクトアウトは自社のやりたいことやできることを起点として商品を考えることです。

マーケットイン型の商品とプロダクトアウト型の商品だと、DtoCの場合は明らかに差が出ます。マーケットイン型は市場から顕在的・潜在的に拘らず「求められている」「望まれている」商品です。何らかのお悩みワードで検索された時に(SEO施策は必須ですが)、自社サイトが表示される可能性があります。しかし、プロダクトアウト型の商品の多くは、その良さを知っているのはメーカーだけという事態に陥りやすいです。

例えば、二日酔い防止に「ウコン」がいいことはわりと周知されていますよね。人々は、二日酔いにいいとされるサプリやドリンクを探す時には「二日酔い ウコン」で検索するでしょう。でも、「実は成分Xの方が効果的」と知るメーカーが、二日酔い防止として市場に全く馴染みのない成分Xをメインに商品を開発しても、「二日酔い 成分X」で検索する人はあまりいないのため、検索でサイトに来てくれる可能性は低いです。このケースでは成分Xの市場認知の育成から始めなくてはいけないため、短期的な収益性が悪くなってしまうことが多いです。そのため、商品や事業の企画段階から、その商品・機能を求める人たちが知っている言葉、検索するキーワードを意識した商品開発が必要です。マーケットイン型の商品企画では二日酔い防止効果を伝えたいなら「ウコン」の要素をプラスすることはできないか?と考えます。実際はこれほどシンプルな話ではなく、更に複雑な分析を行いながら事業を考えていくのですが、DtoCの商品開発は、このようにプロダクトアウトにマーケットイン要素を融合することが重要です。

金澤: まさにデジタル時代の商品開発ですね。どこにどれだけのニーズがあるのか、その人たちはどんなキーワード検索をするのか、ここでデジタルデータが重要な役割を果たすわけですね。

西田: はい、まさしく仰る通りです。例えばもう一つ、デジタル時代ならではのマーケティングで成功したのが、少し前の事例ですが例の青汁の商品です。消費者が青汁を「選ぶ理由」と「選ばない理由」、メーカーが「選ばれる理由」と「選ばれない理由」を精査し、「カラダに良いのは分かっているけれど、まずいから飲まない」と見向きもしなかった若年層にアプローチするために「おいしい青汁」を開発しました。競合他社の「選ばれない理由」と消費者のニーズを掛け合わせた後、自社の「選ぶ理由」と「選ばれる理由」を同じにして差別化ポイントを生み出すことが、商品・事業開発のポイントです。
DtoCに限りませんが、これからの商品開発は、マーケットを取り合う発想ではなく、空白地帯にアプローチしてマーケットを拡げるという発想が重要なのではないでしょうか。「どこで戦うか」「何故ここで戦うか」を決めること。「そこで戦い続けた先に、消費者のライフスタイルをどう変えていきたいか」を決めることが、DtoCの起点だと思います。

金澤: 考え方は変わっていませんね。店舗時代も、「何が好まれるのか」「どうすれば他ブランドよりもファンを多く獲得できるのか」という視点で、販売促進を展開しました。今は判断基準が「感覚」から「データ」へと変わり、分析やPDCAが回しやすくなっています。

DtoCがうまくいかない理由

金澤: 便利なツールがあり、挑戦もしやすい環境にあるにもかかわらず、DtoCがうまくいっていない企業に共通するつまずきポイントは、どんなところにあるのでしょうか?

西田: 大きく2パターンあります。「マーケットを見ずにプロダクトアウトで見切り発車してしまう」か、「マーケットインでやろうと綿密に企画を練りすぎた結果、市場トレンドから遅れたタイミングでリリースしてしまう」かの、どちらかです。感覚に頼ってやみくもに行動してみたり、最初から黒字を目指して慎重になりすぎたり...。先程インサイトや顧客のニーズが重要とお話しましたが、先の見通しが立てにくいVUCA*といわれる昨今の時代は、スピードも重要です。パンデミックや法改正など、現実は予測できないことが次々と起こります。慎重に検討したうえで多大な広告費をかけて勝負したとしても、時流を逃したらアウトです。

金澤: データをベースに、仮説を立ててPDCAを手早く回せ、ということですね。

西田: まさしくそうです。DtoCで特に重要なのは「エンゲージメントの高いファンを増やしてリピート購入をしてもらいやすいブランドにすること」にあります。特にコスメやサプリなど「効果」を期待したり「課題」を解決したりするものは、回数を重ねて買ってもらうことが命ですが、今マーケットではサブスク疲れをしているユーザーが増えているため、いかにサブスクではなくてもリピーター化してくれるか、このエコシステムを作ることが重要です。その仕掛けづくりには、サプライチェーンも含めて全体を設計する必要があります。テクノロジーの力を借りて仮説検証を繰り返し、得られたデータを分析しながら最適解に近づけていくのが正解です。ただし、情緒的価値に重きが置かれるファッション系アイテムでは、「感性」のマーケティングがまだまだ重要です。

物流をプロフィットセンターに

金澤: 課題解決型の機能的価値が高い商品は、LTVの最大化がテーマという話、これは通販も同様です。ロジザードが提供する在庫管理システムのユーザーには通販事業者様も多く、リピート購入促進のため同梱物対応にも力を入れています。リピート施策に、物流が一役買えるのではないでしょうか?

西田: それは重要なポイントですね。CPOの高騰が続いている現在、CRMの施策として同梱物は有効です。一方で、同梱物は物流現場でのオペレーションがカギを握ります。つまり、物流も利益を生み出す場になり得るということ。物流を「コストセンター」として切り分けるのではなく、物流も含めて全体を「プロフィットセンター」化して、支出コストの最適化だけでなく、利益を出していくための物流という考え方が必要です。

金澤: 我々が扱っているWMSには、実は非常に貴重なデータが集約されています。このデータとAI機能を連携して、例えば「A商品」の購入者は「B商品」を買う傾向が強いので、「A商品」購入者には「B商品」をレコメンド情報として納品書一体型帳票にプリントする、というオプションを4年ほど前にリリースしていたのですが。

西田: それは、パーソナルなレコメンド情報の同梱ですね。4年も前からですか!? 金澤社長は着想が早いですね。マーケットの未来を見抜く力に秀でていらっしゃると感じます。

金澤: 早すぎたせいと言うより、カラー印刷にかかるコストが壁でした。(苦笑)。しかし、こうした施策を物流側が積極的に仕掛けることで、コストセンターとしてではなく、プロフィットセンターに転じる可能性は大いにありますね。

拡大するDtoCビジネスに貢献できる物流へ

西田: 物流と一言でいっても、調達物流、倉庫内物流、流通加工、出庫作業、販売物流、ラストワンマイルと、あまりにも多岐にわたり奥が深い。そこに、ERPやWMSなどのシステムが繊細に絡んできます。それだけに、物流がプロフィットセンターになるような具体的な施策と、それを含めた戦略設計がこれからのDtoCビジネスに必要なのではないかと感じました。

金澤:物流会社も、世の中が変わってきていることは肌で感じていると思います。最近では、出荷量が急に倍増しても対応できる波動対応力を求める荷主様が増加していると伺っています。こうした勢いがあるのは、DtoC企業様のようです。物流会社も、対応できたらチャンスですね。「貴社の売上増加に貢献します」と胸を張って示せる倉庫運営に取り組む事ができるよう、DtoCビジネスに貢献できる連携強化に向けて、ロジザードも動いていきます。

西田: なるほど、確かにコストではなく「共に売上を作っていくための物流」という捉え方をされているDtoC事業者様は最近増えているように感じます。業界のリーダーというポジションに慢心せず、常にアップデートにチャレンジを続けられているスタンスに感銘を受けました。ぜひとも、一緒にこの業界自体をアップデートしていきましょう。

金澤:進化するDtoCを知ることは、物流会社にとって今後ますます重要性が増してくると思いました。物流現場に情報共有できるよう、ロジザードも勉強していきます。今日はとても有用で貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

*VUCAとは、将来の予測が困難な状況、「Volatility 変動性」、「Uncertainty 不確実性」、「Complexity 複雑性」、「Ambiguity 曖昧性」の頭文字から取った造語。